「頭が固いから博士は使えない」はなぜ発生するのか

優秀な研究者でも正社員として就職できない、という記事を最近読みました。

www.nikkei.com

 

正直、この手の博士課程卒業者がうまく就職できない現状は、様々な記事で既に論じられていることではあります。

大学院を修士2年、博士3年もかけて修了(卒業)して世間的にようやく「博士」と呼ばれるようになったにも関わらず定職に就けないのは悲しいという他ありません。

かくいう私も博士課程を修了していて博士と呼ばれる人種です。

しかし、よく教授を困らせ怒らせ転がり落ちるように留年して、それでも続けた末に何とか博士となった大変に手のかかる学生(当時29歳)でした。

その私が運よく企業の研究職で職を得ているのは、奇跡としか言いようがないのではないでしょうか。

そんな私目線で、この手の博士となった若者(アラサー)のつらい就職状況について、なぜこの問題が発生しているのかお話をさせてください。

まず、博士が就職難に陥る原因として良くあげられるのは次のようなものです。

1. 博士を増やす政府方針で、博士課程進学者は急増したが博士号取得者の就職先となる大学教員のポスト増加は行われなかったため、ポスト不足に陥っている。
2. 博士は専門性が高い故、一部の専門性の高い業種にしか就職が難しい。
3. 日本の経営者にうまく博士を使えるだけの能力がない。
4. 日本企業は若い人を欲しがり、社内で教育すればよいと考えている。
5. 頭が固いから博士は使えない。

どれも一理ある話なのではないかと思います。

しかし、博士として就職した私からすると最も大きな原因となっているのは5だと思うのです。

正直なところ(私が言うのも変な話ですが)たしかに博士は頭が固いと感じるところは多いのです(そうではない方すみません)。

これは実体験でもありますが、例えば他人が言っていることをそのまま鵜呑みにできず、大勢の集まる打ち合わせの場で相手の指示の疑問点や間違いを本人に"その場で”確認してしまうことがよく起こります。

しかもその聞き方もよくないため、相手の機嫌を損ねます(というより損ねました)。

博士の育った大学の研究室という狭い空間では、相手の主張をその場で完全否定したり、自分の主張を完全否定されることも珍しくなく、むしろ教育として必要とさえ思われている節があります。

相手からすれば、面倒な指導をわざわざ丁寧にしているのに疑問に思われることや反論されることは面白くなく、イメージはすこぶる悪い上、素直ではないという印象を与えてしまいます。

言い方は悪いですが「素直ではない=頭が固くて使えない」と思われてしまうのです。

企業はコンプライアンス上問題となる発言や過激な反論は難しいため、物事をオブラートに包んで反論したり「私はこの意見には反対ですよ~」と暗に言っている発言をするという、博士の人からすると想像もできなかった文化の違いがあります。

要は大学の研究室と企業の文化の違いだと思うのです。

更に、企業が重宝する人材と大学が輩出する博士人材のミスマッチも博士は使えないというイメージを植え付ける一端になっていると思うのです。

博士というのは、博士論文という書物の成果を認められて得られるいわゆる"資格の一種"です。

この博士論文というものは、これまで見つかっていなかった現象・理論やこれまでになかった素晴らしい性能を持つものを生み出した人に与えられる資格なのです。

つまるところ「私はこんな新しいものを作りました」という証明書です。

しかし、企業で働こうとすると、学生時代には経験したこともないほどの人数のグループで働くことになります。

そこには社員同士の意見調整や何か月単位のスケジュール管理を複数のプロジェクトで同時並列で走らせる必要が出てきます。

博士となるために磨いてきた新しいもの作り出す能力よりも、調整や管理の能力が重要となるのです。

ここにミスマッチがあり、意見調整やスケジュール管理能力を磨いていない博士はつまずき「博士は使えない」というレッテルを貼られてしまいます。

そして博士の不運はこれだけに留まりません。

先日、私の愛するBooks&Appsというビジネスマン向け記事を扱うサイトに、こんな記事が載っていました。

blog.tinect.jp


東大に入ったことで能力を過度に期待されて辛い人生を送っている人たちの記事です。

この問題の根っこは、博士は使えないという話と同じだと思うのです。

博士なのにその程度のこともできないのか、という先入観を持ってしまう人が一定数いるんですね。

先ほど言ったように、博士という資格は企業が求める意見調整やスケジュール管理能力を保証してくれる万能な資格ではないんですよ。

博士になった私も言っていて悲しくなってきます........。

以上が、私が企業に転がり込んで仕事をしていて感じたことや、周りの博士研究者が実際に言っていたことをまとめた全てです。

はてさて、博士のイメージ回復はいつになるのか…..とほほ。