イメージセンサ業界が更なる長波長検出カメラの開発に着手するか考察
- 長波長側のイメージセンサ開発激化
近年、SWIR(短波赤外線)からNIR(近赤外線)を検出するイメージセンサの開発が激化していると感じています。
有機光電変換膜を使用したNIRイメージセンサの開発
URL: https://news.panasonic.com/jp/press/data/2017/02/jn170209-1/jn170209-1.html
◆Sony
Si表面をピラミッド形状にすることで近赤外線の量子効率向上
URL: https://tech.nikkeibp.co.jp/dm/atcl/mag/15/320925/120800189/
InGaAsによるSWIRイメージセンサの開発
URL: https://tech.nikkeibp.co.jp/atcl/nxt/column/18/00001/03429/
◆静岡大学
NIRを使用した太陽光低ノイズToFイメージセンサ
URL: https://tech.nikkeibp.co.jp/atcl/nxt/column/18/00654/00010/
用途としては、監視カメラ、スマホ顔認証やToF(Time of Flight)センサの精度向上など多岐にわたるわけですが、昔のダイナミックレンジ拡大の流れがひと段落して、可視光域以外に着手し始めた印象です。
赤外線にはいくつか種類があって、今回の開発は
NIR(近赤外線): 波長780nm~1.0µm or SWIR(短波赤外線): 波長1.0~3.0µm←開発激化
MIR(中赤外線): 波長2.5~4.0µm
FIR(遠赤外線): 4µm~1mm
のように、NIRとSWIRが中心となっています。
※そういえば前々から気になっていたのですが、波長帯が文献によって結構大きく異なるのはなぜなのでしょうか。
今回の議論とは無縁なので考察しませんが….若干引っかかります。
一方、これより長波長を検出するFIRイメージセンサの開発している企業もあるわけですが、個人的に興味を持ったのは、長波長側に開発がシフトしてきたイメージセンサ業界が、このままFIRまで開発主戦場がシフトしていくのかということです。
◆京セラ
FIRを使用した自動運転車向けカメラ開発
URL: https://www.kyocera.co.jp/ceatec/images/pdf/2019_04_Kyocera_FIRcamera.pdf
今回はこの点を考察していきたいと思います。
- FIRイメージセンサ業界の全容
まず、FIRイメージセンサの応用分野ですが、車載、セキュリティや医療など多岐にわたっています。
特に自動運転車の夜間走行を補助するFIRカメラ向けとなると、最近ホットな話題なのではないでしょうか(図1)。
図1. FIRイメージセンサを使用したナイトビジョンシステム
URL: https://tech.nikkeibp.co.jp/atcl/nxt/mag/ne/18/00028/00008/
現行のミリ波レーダを使用した夜間走行補助システムは、解像度が下がってしまう課題があるため、夜間走行補助システムとしてFIRイメージセンサ開発は今後激化していっても不思議ではありません。
FIRイメージセンサの市場規模の伸びを見ても2019年から2025年で急成長することが予想されています(図2)。
このことからも将来性のある市場であり、新規企業の参入がありうると思われます。
図2. (非冷却式)FIRイメージセンサの市場成長
URL: https://tech.nikkeibp.co.jp/dm/atcl/column/15/280896/022400004/
では、可視光イメージセンサを作っている企業は、既にFIRイメージセンサの市場に参入しているのかというと、どうやらそうではありません。
可視光イメージセンサを主戦場としている企業とFIRイメージセンサを主戦場としている企業を列挙してみます。
◆可視光イメージセンサ
日本: Cannon
日本: Sony
韓国: サムスン電子
アメリカ: OmniVision
アメリカ: ON Semiconductor
◆FIRイメージセンサ
アメリカ: FLIR Systems
フランス: ULIS
アメリカ: DRS Technology
上記は代表的な企業をピックアップしていますが、可視光イメージセンサとFIRイメージセンサを両方製造している企業が一社くらいあってもいいものですが、それが無く完全な住み分けがなされていることが特徴的です。
この背景には、FIRイメージセンサを製造する技術が可視光イメージセンサを製造する技術と大きく異なることが理由として考えられます。
- FIRイメージセンサ業界の参入障壁
FIRイメージセンサの大きく分けると冷却型と非冷却型に分けられます(図3)。
◆冷却型
検知技術: 光電変換
材料: HgCdTe, AlGaAs
読み出し機構: CMOS回路
構造: 光電変換材料とCMOS回路の積層
冷却機構: -200℃レベルの冷却
◆非冷却型
検知技術: 温度変化
材料: Poly-Si, 酸化バナジウム
読み出し機構: CMOS回路
構造: MEMS構造とCMOS回路の積層
冷却機構: なし
図3. 冷却型と非冷却型の違い
URL: https://tech.nikkeibp.co.jp/atcl/nxt/mag/ne/18/00028/00001/?P=6
それぞれ長所短所があるわけですが、冷却型は何といっても最大の課題は冷却機構の小型化でしょう。
10µm程度のFIRを光電変換するためには、0.1eVバンドギャップの半導体材料を使用することになり、室温で電子が励起されてしまうため、これを防ぐために冷却機構で大幅にイメージセンサを冷却する必要があるからです。
これに加えて、可視光イメージセンサで使用されるSi材料から別材料の光電変換材料の開発が必要になります。
しかし、冷却型の性能は非冷却型と比較して優れているという利点が、FLIR Systemsから提示されています。
URL: https://prod.flir.jp/discover/rd-science/cooled-or-uncooled/
一方、非冷却型は、断熱性を担保するMEMS(Micro Electro Mechanical Systems)構造を作り込む技術が何といってもネックです。
そしてSi材料以外の材料開発も必要となります。
しかし、冷却機構を必要としないため、低コストかつ小型化しやすい利点があります。
以上のことから、冷却型では冷却機構の小型化と材料開発がネックとなり、非冷却型ではMEMS構造と材料開発がネックとなることがわかります。
この問題があるために可視光イメージセンサ業界の企業がFIRイメージセンサ業界に容易に参入できないと思われます。
- FIRイメージセンサ開発に着手するのか否か
ここまでSWIRやNIRイメージセンサと異なり、材料開発以外の大きな問題点があるため、参入障壁が高く容易にFIRイメージセンサ業界に参入できないという流れで予想しました。
しかし「では、全く参入できないのか」というと、「入り込む余地はある」というのが今回記事をまとめていたときに思った感想です。
企業の買収という方法を取ればもちろん参入することはできますが、それ以外の方法としても、冷却機構開発は従来品を使用して民生用ではなく産業用FIRイメージセンサとして開発に着手する可能性もあるように感じているからです。
もう一つのネックとなる材料開発ですが、すでにInGaAsウェハをCMOS回路ウェハに積層する技術があるわけですから、AlGaAsウェハをCMOS回路ウェハに積層すれば、それほど大きな材料開発をせずに開発ができる気がしています。
もちろんp型とn型のAlGaAsを作れればの話ですが。作れますかね....?
このあたりの技術ができるのか否かは別の考察が必要ですので、今回は深堀して議論はしません。
とりあえず、非民生品用FIRイメージセンサの開発着手なら有り得るのではないか!?
というのが、今回考察を進めていった結論です。
今後イメージセンサ業界はどんな方向に発展していくのか、楽しみです。